まちづくり情報館の「自閉症の息子と共に~音楽を通して届けたいもの~」
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自閉症の息子と共に~音楽を通して届けたいもの~
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2018年04月27日 09:09
 自閉症の息子はこの春、特別支援学校高等部を卒業し、市内の作業所で社会人としての一歩を歩み始めました。
 赤ちゃんの頃は大人しい子で楽な子育てでしたが、一歳を過ぎた頃から全く目が離せなくなりました。いつまで待っても言葉は出ず、一歳半検診で専門機関の受診を勧められ療育がスタートしました。
 当時、三木から唯一通うことができた高砂の児童学園に二年間通った後、市内の幼稚園に進級しました。園長、担任、加配、ことばの先生、園一丸となって落ち着いて過ごせるよう様々な工夫を凝らしてくださいました。絵本部屋を空け、息子が休憩できる部屋を設置したり、絵が得意だった担任の先生が保護者向けのお便りを作成したり、当時通っていた療育機関への見学をしたりなどできることは何でも協力してくださいました。登園すると二階の遊戯室の窓からいつも女の子が「おはよう!」と声をかけてくれて、息子はあっという間にみんなのアイドルになりました。毎日びっしり書かれた先生からの連絡帳。それを読みながら少しずつ心が満たされていきました。
 そして卒園前の生活発表会。劇の中で小さくなって床に座る場面。次の動きに移るとき近くにいた女の子が息子に手を貸そうとしたのですが、別の男の子が「○○君は一人でできるから手伝わなくていいよ」と言ったのです。わずか五歳の子が言える言葉ではありません。一年間、先生方がどうやって接してくださったか、周りの園児たちにどういう姿を見せてこられたか。自分でできることが少なかった息子。けれども何でもかんでも先生が手伝ってくれたわけではなく、少しずつ自分でできることを増やすため、また子ども同士のコミュニケーション力を育てるため、時には距離を置いて見守ることも。そんな先生の支援の仕方をこの男の子は実によく見ていたのだと思います。そして、このクラスの子たちと一緒に小学校に入学しました。
 四年生の途中から息子は集団登校することになりました。それまでは私が個別に送っていましたが、六年生の姉が卒業する前にチャレンジしてはどうかという担任の先生の配慮で、最初は付き添いながら少しずつ離れていき、すぐに子どもたちだけで登校することができるようになりました。先生は毎朝校門の前で出迎えてくださいました。こうして一度も問題なく卒業するまで続けることができました。その頃はこの先ずっと毎日息子の送迎をするのかなぁと漠然と考えていましたので、束の間でも送迎から解放されたことはとてもありがたかったです。
 このように、たくさんの方々との出会いがあり、「私も誰かの役に立ちたい」と思うようになりました。息子が幼稚園に通っていたとき、一人のお母さんがボランティアを探していることを知り、まずは自分のできることをしよう、そう思いお手伝いを始めました。
ある日、そのお母さんに幼稚園でミニコンサートを開いてほしいと頼まれ、ピアノを勉強していた私はチェロの伴奏を務めることになりました。そのコンサートがきっかけでできたのが「ムジカドルチェ」です。
 それ以来、約一〇年間「コンサート会場に行くことができない方の元にこそ生の音楽を届ける」をモットーに癒しのひと時を届けてきました。障がいのある子どもを育てながら行う活動だからこそより意味があると感じています。コンサートの中で時折息子の話をさせていただけることもあり、息子がいなければ今ほど障がいについて考えることもなかったでしょう。ムジカドルチェは息子からのプレゼントです。
 辛かった時もありました。そのことを忘れずにお世話になった方々に感謝の気持ちとともに、同じ境遇の方に寄り添いエールを送る気持ちでこれからも演奏していきたいと思います。

ムジカドルチェ  藤田紀子

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